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トリスケリオンP主催、一枚絵で書いてみm@sterに参加させていただきましたん。
トリP、ごまうP、遅刻すまんかったです!うわぁあ

絵のシーンは決め打ちだったのですが
余計ないろいろをたくさん詰め込んでしまったので
アイドルマスターの前にアニマルマスターになっちまった感のある
響と貴音といろいろのお話になりました。

アイマスっぽくはありますが、やっぱりワールド再構築系なので
設定がいろいろとアレだったりします。

どうしてこうなった!どうしてこうなった!

「月のキツネと地上の少女 ―やさしいアイドルの育て方―」
 「じゃあ、また明日ね!」
 「気を付けて帰るのよ、二人とも」
 「おー!それじゃまたな!春香、千早!」

 レッスンスタジオからの帰り道、春香と千早に大きく手を振って響は家路に着く。トレーニングも兼ねて、軽く走りながら家を目指す。暮れなずむ街並みが一面鮮やかなオレンジ色で、すごく眩しい。二人と一緒に過ごす時間もとても楽しいのだけれど、こうしていろいろな事に想いを巡らせながらただ身体を動かす時間も、響にとってはとても好きなものだった。
 故郷から、アイドル候補生としてレッスンを積むために都会に出てきて早3か月。おじぃやおばぁ、友達が恋しくないと言えば嘘になるけれど、大の仲良しのペット達は面倒を見られる限りで連れてきたし、こっちに来てから同じくらい沢山の友人も出来た。何より一緒にアイドルを目指す春香と千早という仲間が出来た。三人で切磋琢磨しながらダンスを磨いたり歌を歌ったりというのは、故郷では絶対に経験出来ない事だったし、二人と共に日々自分が成長していく実感は本当に嬉しい。
 ただ、一抹の不安を拭いきれないのも確かだった。千早は既に圧倒的な、ある程度の歌手ならば軽く凌駕するだけの歌の才を開花させていたし、春香はよく転ぶしドジもするものの、常に笑顔を絶やさずあらゆる人を惹き付けてやまないある種の魅力を備えていた。二人とも、アイドルとしてデビューした暁にはきっと多くのファンに支持される存在になるに違いない。
 それに比べて、自分には何があるだろう。歌もダンスもそれなりに出来る。元気なのも自慢だったし、地元では「かわいい」と、皆が口を揃えて言ってくれた。けれどもそれは身内だからだ。都会に出てきてすぐに分かった。ここでは「かわいい」のレベルが違う。センスも、アピールも、全てが段違いだ。まして、芸能界だなんて。自信がない訳じゃない。やりたい事も、叶えたい夢もある。だが自分で通用するのだろうか?こんな田舎娘が芸能界で戦っていけるのか?仮に人々の視線を集められたとして、それは一瞬で消えてゆくものではないのだろうか?響に上京を勧めたプロデューサーは強く言いきった。「響なら絶対に大丈夫だ」と。それでも、失敗した時はどうしたらいいのか。もし駄目だったら。それだけの為に上京した事が全て無駄になったとしたら。まだ15そこそこの少女に、そんな未来を想像するのはとても酷な事で。
 「えーい!」
 ぱぁん、と小気味良い音を立てて、響は自分の頬を両手で張った。
 そうだ。悶々と考えているなんて自分らしくない。今は頭なんて空っぽにして、とにかくデビューする、アイドルとしてのスタートラインに立つ事だけを考えて身体を動かすしかない。悩む位なら、何か一つでも出来る事をした方がいい。そうやって望む場所に行けばいいんだから、と、響は自分に言い聞かせた。
 「自分、やるったら、やるぞー!」
 再び意気込んで、下宿先まであと僅かの距離を全速力で走ろうとスピードを上げた次の瞬間。
 ふわりと、身体が宙に舞った。
 「えっ?」
 オレンジ色の視界が大回転を決める。
 「ふぎゃっ!!」
 情けない悲鳴と一緒に、どんがらよろしく響は盛大に地面に激突した。
 一瞬何が起こったのか分からず、目をぱちくりさせているうちに痛みが襲ってきて、ようやく響は自分が転んだという事に気が付いた。
 「いててて……あー、擦り剥いちゃったか……」
 腕や膝が赤く滲んでずきずきと痛む。ぱっと見た感じでは他にもいくつも生傷が出来ていた。頬がひりひりするところを考えれば、どうも転んだ時に顔もやったらしい。プロデューサーに怒られるな、と思いつつ足元に目をやると、そこには目を疑う様なものがあった。
 「あ……え……?なんだ、これ?」
 丸っこい銀色の毛玉が。
 手を伸ばして触れると、ほのかに温かくて、震えている。
 響は慌ててその毛玉を抱き上げた。すらりとした顔立ちに、艶やかな銀の毛。動物好きの響も流石に実物を見た事はなかったが、図鑑やテレビでなら見た事がある。狐だ。
 「な、何で、こんな所に……キツネ?」
 改めて驚いて、腕の中の狐をまじまじと見つめた。よく見るとまだどこかあどけなく、テレビで見たよりも一回り程小さい。大人ではないようだ。が、ぐったりとして息苦しそうに喘いでいる。弱っているのに違いない。
 「も、もしかして、自分が躓いちゃったからか!?」
 響の頭から血の気が引いていく。多少の事でも動物が弱いのはよく知っている。早く適切に処置してやらないと、みるみる弱って、もしかしたら、死――……
 「大丈夫!大丈夫だから!自分が助ける!絶対助けるからな!だからもうちょっとだけ頑張れ!」
 仔狐をぎゅっと抱きしめて、響は自分の怪我も構わず勢い良く走り出した。

*

 「まぁ、響ちゃん。おかえりなさ」
 「ただいまあずさー!!あっ後いらない板とか包帯とかあったら自分の部屋に持ってきて!」
 「えっ、あ、あの、どうしたの?怪我でも……」
 「なんくるない!自分はなんくるないぞー!」
 軒先で掃除に精を出していた管理人への挨拶もそこそこに、響は階段を駆け上がって部屋に飛び込み、毛布を広げて狐を寝かせた。見たところ目立った傷はないようだが、だとすると余計に心配だ。
 「大変な病気とかじゃないといいんだけど……」
 タオルを何枚も持ってきて包んでやり、保温に努める。それから湯を沸かして、粉ミルクを取り出した。哺乳瓶に入れて溶かしていると、へび香がするすると寄ってきた。視線の先にはあの銀色の狐が横になっている。
 「あっ、駄目だぞへび香!食べちゃ駄目!」
 慌ててへび香をケージに放り込み、今日だけだから、とよく言い聞かせる。へび香は少ししゅんとしたようだったが、諦めたのかケージの隅っこでとぐろを巻いて丸くなった。
 「さ、少しでもいいから頑張って飲むんだぞ」
 改めて狐に向き直り、人肌に冷めたミルクを与えてやる。最初は指先に少しだけ乗せて口元に差し出してやると、おずおずと舌を伸ばして舐め取った。それを何度か繰り返すうちに元気が出てきたのか指先まで咥えてくるようになったので、哺乳瓶に切り替えると一生懸命に吸い付いて美味しそうにミルクを飲んでいた。もう安心だ。響はやっとふうと息を吐いた。全身の緊張がほぐれていくのが分かって、思ったよりも自分が緊張していた事に気が付いた。
 「お前、もしかしてよっぽどお腹空いてたのか?」
 耳元を撫でてやると、狐は響に頭をすり寄せた。その仕草があまりにも可愛らしくて、響は思わず狐を抱き上げて頬ずりをした。明日にはあの気の良い管理人に話をしなければ。今更狐が一匹増えたところで、きっと笑って済まされてしまうだろうが。へび香には悪いが、今日だけでは済まなくなるだろう。名前は何が良いだろうか。狐だからコン助とか。ああでも、女の子だったらどうしよう。考えるだけで忙しくなりそうだ。
 響は満足そうに溜息を吐いて、腕に狐を抱いたまま壁にもたれかかって瞼を閉じた。

 甘い匂いで目が覚めた。
 はっとして時計に目をやると、夜の11時を回る所だった。もうハム蔵とモモ次郎の世話を済ませて寝ないといけない時間だ。しかしそれよりも。
 「あの」
 響はぎょっとして開けたばかりの目を丸くした。
 「あの、もし」
 目の前に、見た事のない少女がいたからだ。
 それも、一糸纏わぬ姿で、銀の髪を揺らし、響の上に圧し掛かっていた。
 豊かな胸元がふるふると揺れる。
 「だっ、だだだだだ、誰だっ、おま、お前っ」
 「先程は大変世話になりました」
 鼻先に指を突きつける響に、目の前の少女はずいっと身を乗り出して寄ってくる。頭が湧きたつ様に熱い。何で。どうしてこんなことに。こいつ、何者だ。響はふと腕の中を確かめた。いない。さっきまで抱いていたはずの狐の姿がどこにもない。
 「そ、そうだ、お前!コン助(仮)をどこにやった!」
 「私は、コン助などという名ではありません」
 問い詰める響に、少女は凛然とした表情できっぱりと答えた。そしておもむろに響から離れ、畳に両手を着いて深々と首を垂れた。
 「姓は四条、名は貴音、狐の化生にございます。先程は施しを有難うございました。おかげで助かりました」
 よく見ると、ふくよかなお尻の辺りから狐の尻尾がふわふわと伸びていた。つまり、つまるところ、さっきの狐はこの人で、この人はさっきまで狐だったということなのだろうか。響は目の前にあるものが理解出来ず、また貴音は感謝と敬意を表すべく、二人ともそのままの姿でしばらく固まった。
 「え、ええと……じゃあ、あのキツネ、お前なのか?」
 響がカタコトに近い状態でかろうじて尋ねる。
 「はい」
 貴音が当たり前の様に答えた。
 「なんで?」
 「そういうものだからです」
 「いや、なんであんなところに?」
 「それは言えません」
 「じゃあ、なんで倒れてたんだ?」
 「それはまぁ、いろいろありました」
 「響ちゃーん」
 手応えのない問答を繰り返しているうちに、玄関先をノックする音がした。響がはっとして我に返る。
 「遅くなっちゃってごめんなさいねぇ、頼まれてたものを探してたらこんな時間になっちゃったの~」
 すっかり忘れていたのだが、骨折の可能性を考えて板材やら包帯やらをあずさに頼んでいた事を思い出し、響は真っ青になった。知らない女の子が、こんな時間に、部屋に上がって、全裸で、土下座。響の多彩なペット達ですらにこやかに許容してくれたあずさとは言え、この状況を見たら流石に何を言われるか分からない。
 「ちょ、ちょっと、ちょっと!貴音だっけ?その辺に自分の服があるから、とりあえず、着て!で、隠れて!」
 「服……ですか?暑いのであまり着たくはないのですが……」
 「いーいーかーらーはーやーくー!」
 まだ手を着いたまま怪訝そうな顔をする貴音を無理矢理タンスの方に押しやって、大急ぎでバタバタと玄関先に向かう。慌てているせいか、ドアノブを回すのもままならない。
 「ぶっ」
 勢い良くドアを開けて外に飛び出して、そのままの勢いで顔面を目の前の段ボールにしたたか打ちつけた。あまりの痛さに思わず蹲る。
 「だ、大丈夫、響ちゃん?」
 「大丈夫……じゃないぞ……」
 見上げると、あずさが段ボール箱いっぱいに板や角材、紐やらスズランテープやらといったものを詰め込んで担いで立っていた。どちらかと言えば応急処置というより日曜大工向きの中身で、激突すれば、かなり、痛い。ああまたプロデューサーに怒られるんだろうな、と響は漠然と思った。
 「それにしても、これ何に使うの?」
 「うーん、せっかく持ってきてもらって悪いんだけど、あんまり使わないかも?」
 あずさに引っ張り上げてもらいながら、響は中身を見てそう言った。別に骨折ではなかったし、固定の必要もなさそうだ。もしかしたら犬小屋みたいなものは作れるだけの量はあるかもしれないが、いくら何でもそんな中にあの人ひとりを押し込めておくなんて、視覚的にも人道的にも憚られる。結局のところ、使い道はあまりなさそうだ。と。
 「いてっ!」
 ぺちっと音がして、ほっぺたがずきずきと痛む。
 「こら、駄目でしょう響ちゃん。女の子が顔に傷を付けて放っておいたりしちゃ」
 軽く叩いたままの状態で、あずさの手が響の頬に添えられていた。それをきっかけに、帰り際に作った傷がじわりと痛み出す。今までの騒ぎで思い出す余裕もなかったが、結構派手に転んだのだった。
 「他にもいろいろ擦り剥いてるみたい。待っててちょうだい、今救急箱を取ってくるから」
 「あ、いいよ!大丈夫!それくらい自分で出来るって……!」
 それに、手当てしてもらうとなると玄関先では済まなくて、部屋に上がられる。あの格好の貴音を見られたら何を言われるか。さっと身を翻すあずさを必死で引き留めようとして、今度は背中から声が掛かった。
 「響、響」
 「わぁあ!今度は何だ!」
 響と、聞き咎めたあずさが部屋を見ると、響のTシャツを無理矢理に着ようとして胸の下半分が露わになったままの貴音が、申し訳なさそうに響の制服の裾を掴んでいた。
 「……その、局所的に小さくて着られないのですが」
 わぁわぁと大慌てで部屋の奥に引っ込ませようとする響と、本当に困ったような仕草で首を傾げる貴音を交互に見比べて、あずさは思わず苦笑した。
 「ついでに、私の服も持ってきた方がいいかしら?」

*

 頬にぺたぺたと消毒薬を染み込ませた綿花を当てられて、その度に響はきゃん、とかひゃあ、とか声を上げた。あずさに借りた服に着替えるのもそこそこに、貴音が大急ぎで寄って来て、綿花を摘んだピンセットを睨みつける。
 「響に何をしているのですかっ」
 涙目の響を横目にあずさが笑う。
 「貴音ちゃんはいいお家のお嬢さんみたいだし、もしかしたら見た事ないかしら?こうやって消毒して……」
 もう一度、思いっきり綿花を頬に当てた。
 「ひゃああああああっ!」
 「これ以上悪くならないように、と、早く治る様にしてあげるのよ」
 頬を押さえてのたうち回る響を、貴音がおろおろしながら抱き起こした。その様子を見て、あずさがほっとした様に微笑んだ。
 「でも、安心しちゃった」
 「な、何が?」
 「響ちゃんにも、家に呼ぶようなお友達が出来たのねぇ」
 これはそういう事じゃなくて、と、説明しようとして、響は途中で思いとどまった。まさか拾った狐が人に変身しました、なんて、いくらあずさにでも納得してもらえるか分からない。それに、友達。もとよりそのつもりだったのだから、そこは別に否定しなくてもいいのかもしれない、と、響はそう結論した。
 「それじゃ、お邪魔しちゃ悪いから私は戻るわね。貴音ちゃん、もう遅いから泊っていくでしょう?何か不自由があったら言ってちょうだいね」
 あずさが救急箱と段ボールを持って腰を上げた。まだじたばたする響の代わりに貴音が玄関先まで見送ると、あずさが貴音に振り返った。
 「初めてなのよ。響ちゃんがお友達を家に上げるなんて」
 「そう……なのですか?動物は沢山飼っているようですが」
 「確かに、動物はねぇ。可愛いわ。良い子たちだと思うし。その……ワニさんは、時々怖いなぁって思いますけれど」
 思い出した様に、あずさが眉を顰めて溜息を吐いた。なかなか、肉食獣を可愛いと思うのは難しいところもあるだろう。小さい頃から慣れ親しんだ響だからこそなのだろうが、そもそもは恐らく響の優しく面倒見の良い所に起因する。本当に、いい子なのよ。とあずさは目を細めて笑った。
 「だからね、貴音ちゃん。良かったら、響ちゃんと仲良くしてあげてね」
 「……」
 貴音は黙って目を伏せた。
 「それじゃあ、おやすみなさい。盛り上がってもいいけれど、明日は休みじゃないんだからちゃんと寝る様にね。何かあったら下にいるから、すぐ呼んでちょうだいね~」
 そう言って、重たい段ボールを抱えたまま軽やかに階段を下るあずさの後ろ姿を見送って、貴音は自分の肩を抱いてひとつ溜息を吐いた。
 「……申し訳、ありません」
 一晩の宿を借りるだけだからなのか、自分が人ではないからなのか、あるいは、永く傍には居られないからか。
 貴音が見上げた空には、満天の星空と、物言わずただ輝く銀色の月が浮かんでいた。

*

 翌朝。
 制服に着替えて、鞄を用意して、すっかり身支度を済ませて台所に立って、響はふと手を止めた。
 「……何、作ればいいんだ?」
 自分の事はともかく、あの狐とも人ともつかない同居人は何を食べるか想像がつかない。昨日は勢いでミルクを与えてみたものの、流石に自分よりも年上に見える人に、はいとミルクを差し出すなんてすごく居心地が悪い。といってもちょうど昨日は帰ってから買い物に出るつもりだったので、冷蔵庫の中身はすっからかんだった。仕方ないのでいざという時の為のインスタントラーメンを引っ張り出して来て煮込んでいると、問題の同居人が鈍々と起きだしてきた。
 「良い匂いがしますが、響、これは何です?」
 そうして鍋の中を覗き込む。麺がぐつぐつと煮立って解けていく様を面白そうに見つめながら、貴音は蒸気を吸い込んだ。
 「ラーメンしかなかったんだけど……貴音、食べられるか?」
 「らぁめん?」
 首を傾げる貴音の目の前に、響は箸で麺を持ち上げて見せた。
 「こういうのなんだけど」
 「ふむ」
 「で、しょうゆとか、みそとかのスープで食べるんだ」
 「ほう」
 響の説明にいちいち貴音は頷いてみせた。
 「で、とりあえずみそ味しかないけど、いい?」
 「よく存じ上げないのですが、響が良いのであれば私は構いません」
 貴音が物珍しそうに見守る中、響は手際良く麺を茹でて丼に盛り付けスープを注ぐ。僅かに残っていたなけなしの葱を刻んで二人で分けて乗せると、それなりの見栄えに仕上がった。
 「さ、どうぞ」
 「では、頂きます」
 向かい合って食卓に着き、手を合わせてから箸を取る。響が麺を啜りながらちらりと覗き見ると、貴音が割り箸を割らないままで麺を引っ張り上げようと悪戦苦闘していた。
 「面妖な……!」
 「貴音、違う、違う」
 響は躍起になる貴音から割り箸を取り上げて、ぱきっと二つに割ってやる。片方に残る事なく綺麗に二本になった割り箸を見て、貴音は感嘆の声を上げた。
 「響は何かの秘術の使い手なのですか?」
 「違うってば!これはこういう風に使うものなの!」
 ともあれ響が割り箸を返すと、貴音は綺麗な箸使いでラーメンを啜った。そして、大仰な仕草で丼を両手で抱えてスープを一口。まるで食の達人とでも相見えているかのような気分で、響は固唾を呑んでその様子を見守った。
 「……」
 「ど、どう……だ?」
 どうということもない、ごく普通のインスタントラーメンを響なりに調理しただけの代物ではあるのだが。
 貴音は目を閉じて一呼吸置き、次の瞬間かっと両目を見開いた。
 「――美味!」
 だん、とテーブルに両手を着いて、貴音がずいっと身を乗り出した。その勢いに気押されて、思わず響はびくっと身を縮こまらせた。
 「何と美味なのでしょう!あなたはこの様なものを毎日食しているのですか!」
 「は、はぁ、いや、食事に困った時……だけ?だぞ?」
 「羨ましい。実に羨ましいですよ、響。この様に美味なものを独り占めして」
 「えっ?あの、その……済みません……」
 あっけにとられる響をよそに、貴音は猛然と目の前のラーメンをつつき始めた。あっという間に丼の中身が空になり、それでも物欲しそうに響の丼を指をくわえてじっと見るので、響が半分ほど分けてやると、それも喜んでぺろりと平らげた。
 「いい食べっぷりだなぁ……」
 「そうでしょうか?」
 これくらい平気です、と貴音が胸を張って応えた。もしかしたら、昨日ぐったりしていたのも単に空腹だっただけじゃないのか。そんな想像が響の頭をよぎった。
 それなら、と、響はぐっと手を握り締めた。
 「じゃあ、今晩はちゃんとしたもの食べさせてやるからな。自分、こう見えても結構料理得意なんだぞ」
 「なるほど。では、楽しみにしております」
 満面の笑みで貴音が応え、響は少し嬉しくなった。せっかくだから、とびきり美味しいゴーヤチャンプルでもご馳走してやろう。ゴーヤが安く手に入るといいんだけどな。卵も買って来ないといけない。野菜はどうしよう。
 誰かの為に考えを巡らせる事がとても久しぶりな気がして、響は何だか嬉しくて仕方がなかった。

 後片付けをあらかた済ませて、最後にガスを確認する。
 「よし、コンロおっけー、元栓おっけー…っと」
 その様子を見ていた貴音が、不思議そうに尋ねた。
 「響、それは?」

ひびたか


 「ん、これ?」
 響は貴音に丁寧にガスコンロの説明をしてやった。栓を捻るだけで火が出る、というくだりで、貴音は「やはり響は秘術の使い手なのですね」と目を輝かせたが、響はそれを全力で否定した。
 「出掛ける時はちゃんと火の始末をしないと。あと、貴音。勝手に触ったら危ないからな。何か必要な事があったらあずさに言うんだぞ」
 そう言って肩にかけた鞄の紐を直して、部屋を出ようとした響を貴音が引き留めた。
 「出掛ける……とは、響はどちらへ行くのですか?」
 「どちら、って学校だけど……一応無遅刻無欠席目指してるし、テストも近いから休めないし……」
 そう言いながら時計に目をやると、7時半を回っていた。いい加減家を出ないとバスに間に合わない時間だ。
 「ああ!遅刻しちゃう!行ってきます!」
 「あっ、待ってください、響」
 貴音の制止ももちろん聞かず、響はバタバタと家を出て、慌ただしく階段を駆け下りて走っていった。

 部屋にぽつんと取り残された貴音は、途方に暮れて溜息をついた。
 「……私は、どうしたらよいのでしょう?」
 ふと目が合ったねこ吉が、にゃんと鳴いた。

*

 「セーフっ!?」
 教室のドアを開けると、まだ担任は来ていなかった。代わりに、クラスメート達が一斉に響を見る。
 「てへへ……」
 少し恥ずかしくなって、響は頭を掻きながら席に着いた。後ろの春香がちょんちょんと背中をつついてくる。
 「おはよ、響ちゃん。今朝は遅いね?」
 「いや、その……昨日はいろいろあってさ……」
 響が語尾を濁すと、隣の千早がくすくすと笑った。
 「我那覇さんが一番に来ていなかったから、驚いたのよ」
 「そ、そうか?」
 つまり、千早も相当早く来ているということなのだが。特別、何の部活動をやっている訳でもない二人だが、競い合うように早く来ては日々黙々と走り込んでいる。その速度たるや男子陸上も真っ青で、スカウトが虎視眈々と狙っているのだが、鬼気迫る二人の様子にとても声を掛けられたものではないのは有名な話だ。そして、丁度良く二人のランニングが終わる頃を見計らってタイミング良く春香がスポーツドリンクの類の差し入れを持って登校してくるのも有名な話だ。
 「席に着けー!ホームルーム始めるぞ!」
 ガラッと大きな音をさせて教室のドアが開き、担任が入ってきた。途端に、教室のあちこちで集まって談笑していたクラスメート達が自分の席に散っていき、それまで教室中に響いていたざわめきがささやきにとって代わる。
 が、その直後に一同の歓声が上がった。ガタイの良い元気溌剌体育会系の担任がいかり肩を唸らせて教壇に向かってずかずかと歩く、その後ろを銀色の縫い包みのような狐がちょこちょこと後を追って歩いてきたからだ。
 「ん、何だお前ら!静かに……」
 後ろを振り返った担任が、もとよりむさくるしい形相を更に煩わしくしたままで足元の狐を凝視して固まった。肝心の狐はそんなものどこ吹く風、といった様子で堂々と教壇の前まで歩いてくると、何かを探すかのように鼻をひくひくさせながらあちこちに忙しなく首を向けていた。こうなると女子一同がいてもたってもいられなくなって、「可愛い!」と黄色い歓声を上げ始める、それを遮ってがたんと大きな音を立てて座っていた椅子をひっくり返しながら響が絶叫した。
 「た、貴音!おま、なんで、こんなところに!」
 昨夜の様に響が思いっきり指を突きつけると、貴音はようやくお目当ての人を見つけたとばかりに響の席に向かって一直線に走ってきた。一気に教室がざわめき始め、皆が狐の行く先を固唾を呑んで見守った。"我那覇さんのペット"が学校にやってきた事はそう珍しくないけれども、いつもヘビやらワニやらハードルの高い動物ばかりで、こんなに可愛らしい類の動物がやってきたのは初めてだ。
 響の傍まで寄ってきた貴音が、一気に響の胸元に飛び込んだ。
 「うわぁ!」
 つやつやした毛並みに手を滑らせて思わず取り落としそうになり、響は慌てて貴音を抱きしめた。そのままバランスを崩して机に縋り付く格好になる。
 「我那覇さん!」
 「だ、大丈夫、響ちゃん!?」
 春香と千早が覗き込むと、額の少し赤くなった顔を上げて苦笑する響と、その腕の中にしっかり収まって悠々と尻尾をくゆらせる狐の姿があった。大事がない事を確認して、二人はほっと胸を撫で下ろした。
 「お、おい、それ、また、我那覇のペットか!」
 ようやく我を取り戻した担任が、まだ腰は抜けているのか教卓にしがみついてやっと立ち上がりながらそう言った。
 「あっ、えっと、違うんだけど、その……そういう事?」
 「な、何でもいいが、ちゃ、ちゃんと、捕まえておきなさい!責任持って!な!」
 貴音の事をペットとも何とも呼び難く口ごもる響に、担任はそれだけ言うと教卓をがりがりごりごりと音をさせながら響の席から一番離れた隅っこまで引きずっていって、それを盾にして大きな図体を精一杯丸めて隠れるようにしながら学級簿を開いた。
 「よ、よし、じゃあ、皆席に戻って!ホームルームするぞ!な!いいな!」
 担任は以前モモ次郎に顔面から張り付かれたのが今でもトラウマらしい。響のペット、と聞くだけでこのありさまだ。響は溜息を一つ吐きながら「先生、ごめん」と呟いた。
 椅子を整えて席に着き直し、鞄の中に貴音を押し込めようとする。が、ものすごく恨めしそうな目付きで響をじっと睨むので、響は仕方なく襟巻よろしく貴音を肩口に巻き付けた。毛が蒸してじわりと暑いが、離しておくわけにもいかないのでじっと我慢。セーラーの襟が毛だらけになっているんだろうなと思いつつ、じっと我慢。時々貴音がもそもそと動くと堪えきれない位にくすぐったい訳だが、じっと我慢。
 春香が貴音の尻尾を撫でながら小声で呟いた。千早も触ってみたいのか、ちらちらと横目で貴音の様子を伺いながら、おずおずと伸ばしかけた手を引っ込めては出し、また引っ込めてを繰り返していた。
 「でも、響ちゃんっぽくないネーミングだよね。貴音ちゃん、だっけ?」
 撫でられるのが気持ちいいのかくすぐったいのか、貴音が大きく身を捩った。襲ってくる一際強烈なくすぐったさを堪えるのに、響は必死になった。
 「そうね……私ならゴメスとか、ゴンザレ……ごめんなさい」
 そこまで言って、千早は口を噤んで寂しそうに目を逸らした。貴音が全身の毛を逆立てて、ただならぬ形相で千早を睨みつけていた。さすがの貴音も、千早のネーミングセンスには大層お怒りのご様子らしい。響は少しだけ安心して、ほっと胸を撫で下ろした。

*

 終業のチャイムが鳴ったとたん、響は春香と千早に先にレッスンスタジオに向かう様に伝え、貴音をしっかと掴んで人目の少ない校舎裏まで全力で走った。
 適当な物陰に貴音をちょんと座らせて、念のためにジャージの上を被せ、更に自分の身体で覆い隠すように屈み込んで、響はふぅと息を吸い込んだ。
 「貴音、お前、何で来たんだよっ」
 響の叱咤に答えるべく、貴音は何かを訴えかける様に響の目を覗き込んだ。が、響のむっとして睨みつける顔付きが一向に変わらず、意図を悟ってくれる様子がないので、貴音は仕方なくジャージの下でしなやかな体を優雅にくるりと一回転させた。すると、響が瞬きをする間にすぐ目の前にいた狐の姿が消えて、代わりにジャージだけを羽織った白い肢体の少女が蹲っていた。まるで手品の様だと響は一瞬感心して、すぐに頭を振って打ち消した。
 「だーかーらー!何でそうなるんだよっ!誰かに見られたらどうするんだ!」
 「人の姿でないと、響には言葉が伝わらないようでしたので」
 そう言って、よよ、としなを作って貴音は両手で顔を覆ってさめざめと泣くふりなどしてみせた。こいつ、と握った拳を必死で緩めて代わりに腕組みをし、響は顔をしかめたまま貴音を見下ろした。
 「……わかったよ。ちゃんと説明しろ」
 ぱっと貴音の顔が明るくなる。
 「響の言う学校というのは、如何なるものなのかと思ったのです。ねこ吉殿が、ならば自らの目で見るのが良いとおっしゃったので、来てみました」
 「あいつか……」
 響はしたり顔の飼い猫の顔を思い浮かべて、やっと開いた掌をもう一度握り締めた。こめかみがぴくぴくと震えるのが自分でも分かる。
 「で?どうやって来たんだ?」
 貴音は得意げに胸を張ってみせた。
 「響を追う事くらい、私にとっては赤子の手を捻るより容易い事です」
 「じゃあひとりで帰るのも大丈夫だな」
 「えっ」
 おろおろする貴音にくるりと背を向けて、響はすたすたと歩き始めた。貴音が慌てて追いすがる。
 「待ってください、響。どちらへ」
 「どこでもいいだろ。自分、これからダンスのレッスンだから、スタジオまで急いで行かなきゃ……はっ」
 響があっと思って口に手を当てた時にはもう遅く。
 「ほう、だんすのれっすんに、すたじおへ参られるのですか」
 「なっ、何だよっ」
 貴音がするりと響の腕に自分の腕を絡めた。響はぶんぶんと腕を振って暴れて引き剥がそうとしたけれど、がっしりと掴まれて離れない。
 「響、私は響のだんすのれっすんとやらを見てみたいです」
 「だ、駄目だってば!春香と千早になんて言ったらいいんだよっ」
 そう叱り飛ばしてもう一度貴音を見る。今の貴音は人型だ。少しゆったりめの響のジャージは何とかそれなりに着られるらしい。足元が短いのがちょっと気になるかもしれないが、まぁ一応、外から見ても大丈夫。響と並んでいれば、それなりにごく普通のレッスン生に見えなくもない。
 「……」
 「どうしました、響」
 「……しょうがないな、大人しくしてるんだぞ?」
 響の言葉に、貴音が一瞬ぽかんとして、それからすぐさま表情を輝かせた。
 「ついていっても良いのですね!」
 「絶対キツネっぽい事するなよ?春香や千早にバレたら困るんだからなっ」
 貴音はうんうんと大きく頷いて、ふわふわの尻尾を揺らして見せた。
 「だから!そういうのがダメ!しまって!」
 「もう、響はすぐ怒りますね……いけずです」
 貴音が不平を洩らしながら尻尾をジャージの中に潜り込ませたのを見届けて、響はふいと背を向けて立ち上がった。時計を見るともうレッスンの始まる時間だった。早く行かないと、春香と千早に心配をかけてしまう。急ぐやら後ろの同行人が気になるやらで、はらはらいらいらしながら学校を出てスタジオに向かって歩く響を、貴音は楽しそうに顔を綻ばせながら追いかけていった。

*

 15分程の遅刻でスタジオに着いた。出来るだけ音を立てない様に気を遣い、そっとドアを開けて滑るかのように忍び込む。常日頃から身体の柔らかい響の得意技だ。貴音もそれに続く。
 スタジオ内では、春香と千早が二人揃ってダンスの練習をしていた。先日練習を始めたばかりの楽曲だ。トレーナーの手拍子に合わせて、くるりと一回転。既に千早は一つの乱れもなく、拍子の一つ一つに動作を寸分違わず合わせて動いていた。短期間でこのレベルまで仕上げてくるのはさすが千早と言ったところか。春香の方は、時々手先や足を間違えたりしてたどたどしく、まだまだ動けているというには程遠いものの、輝く様な笑顔のまま楽しそうにダンスを続けていた。全身から滲み出る楽しげな雰囲気に、強く強く惹きつけられる。
 響は思わずため息を吐いた。
 「はぁ……」
 貴音が不思議そうに響を覗き込んだ。
 「どうしたのです、響?」
 「ん、うん、いや……」
 響は力なく首を振って言葉を濁した。やっぱり、二人は圧倒的に遠い。そう感じる。何の意図もなく自分の空気に見るものを惹きつける春香。技術と練習で徹底的にパフォーマンスを磨き上げる千早。二人の才能は全くの正反対を向いているけれど、大成した暁には間違いなく同じ高みに並んで立っているだろう。でも、自分は?歌もダンスもそこそこ出来る。練習だって嫌いじゃないし、楽しんでやってもいるつもりだ。でも、千早ほど突き詰めているかと言われればとても及ばない事を痛感するのだし、春香ほど全身で楽しんでいるかと聞かれても迷いなく頷く事も出来ない。自分は天才肌だからと不敵に笑い飛ばすその裏で、いつ着いて行けなくなるか、置き去りにされるのか、いつだって恐怖とたったひとりで必死に戦っている。
 「やっぱり、二人はすごいな……」
 ぼそりと響が漏らした呟きに、貴音は首をかしげてみせた。
 「あの二人ですか?」
 響は小さく頷き、もう一度春香と千早を見た。貴音もそれに倣って二人の一挙手一投足をじっと見る。
 「確かに、質こそ違えどどちらも多くの人を魅了する才を備えている様ですね」
 貴音はふっと目を閉じて、そしてもう一度向き直り強い眼差しで真っ直ぐに響を見据えた。
 「しかし、それが響に何か関わりがあるのですか?」
 唐突な言葉に、響は思わずどきっとした。冷たい水を浴びせかけられた様な感覚。どうしようもなく湧き起こる焦燥感に、響は必死で反論を探した。
 「だ、だって……自分は、春香や千早と一緒にレッスンして、練習も、トレーニングも同じ様にやってて、だから、違うなんて、自分にだって同じ様に出来ない訳がないのに、なのに」
 自分でも言っている事が分からず、目頭が熱くて、押さえる事も出来なくて、知らず知らずのうちに頭が俯いていて、それでも説明をやめようとしない響の肩に、そっと貴音の手が添えられた。
 「良いのですよ」
 「え……」
 響がゆっくりと顔を上げると、貴音は穏やかに微笑って響を見ていた。
 「響は二人とは違います。あの二人とて、まるで正反対で重なるところがないでしょう。ですから、それで良いのです」
 目を腫らし、ぽかんと口を開けたままの響を見ながら、貴音は淡々と続ける。
 「一日とて共に過ごしてはいない私ですが、響の良いところは充分に存じています。響は優しい。それはきっと間違いのない事です。その優しさで、響は何を成すのですか」
 響は優しい。そう力強く言い切った貴音の横顔は、とても誇らしく、自信に溢れていて、響には何故かきっとそれが本当なのだと素直に感じられた。でも、優しさで何を成すとは、どういう意味だろう。それがどうアイドルと結びつくのか。響には全く繋がらない様に思えた。
 「……優しさで、何を?」
 訳も分からず鸚鵡返しする響を、貴音が可笑しそうに笑った。
 「歌も舞も、ひとりで成すものではないという事ですよ」
 言い終わるか終わらないかのうちに、貴音は響の手を引いて前に躍り出て、春香と千早の間に割って入った。トレーナーが二人の姿を見咎めて、慌てて駆け寄ってくる。
 「が、我那覇さん!来ているならちゃんと挨拶しなさい!それに、そっちの子は……」
 「私は響の友人です。少々思うところがありお借り致します」
 響の代わりに貴音がきっぱりと言ってのけ、そしてそのまま響の手を握り締めたままステップを踏み始める。様子を察した春香と千早がすっと避けてスペースを作ったのを見計らって、大きく跳んだ。
 「うわ、わわわわ……!」
 貴音に引かれるまま、響の身体がふわりと宙を舞った。準備もないまま跳んだ響は着地の体勢が上手く取れずに、貴音に受け止められる格好になった。両手を持ち上げて繋ぎ、いわゆる社交ダンスの要領。
 「合わせてくれますね」
 「や、やってみる」
 貴音が身体を引く。ワンテンポ遅れて響が一歩前に出る。今度は貴音が前へ。響が慌てて後ろへ下がろうとして、足がもつれる。転ぶ。だめだ。うまくできない。だって自分はそんなの知らない。
 頭が真っ白になるその瞬間、すっと腕を引き上げられた。
 「落ち着いて、愉しめば良いのです。転んだ時は起こして差し上げますので」
 そう言った貴音が柔らかく笑う。響の腰に手を添えて崩れた体勢を立て直し、もう一度両の手を繋ぎ直す。触れ合った貴音の手が温かくて、響は何だかほっとした様な心持ちになっていた。
 なんだ、簡単な事じゃないか。転んだら立ち上がればいい。そして――……
 響の手を引いて一歩下がろうとした貴音が不意にバランスを崩した。ぐらりと景色が傾ぐ、その前に、響は掴んでいた貴音の手を一気に引き上げ、そしてそのまま反動を利用してふわりと宙へ。貴音は一瞬驚いた様な顔をして、すぐに響を見て瞳を細めて笑った。柔らかく着地して、今度はもっと響の近くへ身を寄せて体重を預ける。二人の視界の端に、驚いて口をぽかんと開けた千早と楽しそうに歓声を上げて千早の手を取る春香が映った。
 「愉しめば、いいんだ。みんなと一緒に」
 一緒にステージに立つ仲間と。それを見てくれる観客と。支えてくれるプロデューサーやスタッフと、一緒に手を取って。ひとりで怯える必要もないし、ひとりで楽しんでも意味がない。
 誰もを信頼して分け合う事。それが、自分がしなければいけなかった事で、自分に出来る事なのかもしれない。貴音の手を取りながら、響は何となくそう思っていた。

*

 レッスンも終わってとっぷりと日が暮れ、辺りに暗闇が降りる頃、響は貴音と、それに春香と千早にも手伝ってもらって大荷物の買い物を済ませて家に戻った。もちろん、4人揃って。
 3人をリビングに案内して、響はキッチンに立った。エプロンを締め、ぐっと気合を入れて両手を握り締めると、何だかやる気が湧いてくる。
 「よーし、作るぞー!」
 「響ちゃん、私も手伝う!」
 春香も決して広くはない部屋をばたばたと忙しなく走ってきて、買い物袋に手を伸ばす。二人で具材を取り出してはざくざくと手際良く刻み、皿に積み上げる。春香は鼻歌なんかを漏らしながら、軽快に作業を進めていた。
 「ご機嫌だなぁ、春香は」
 「だって、響ちゃんの家に呼んでもらったのって初めてだし、腕が鳴るよ」
 そうかぁ、と響は頭をかく仕草をした。そう言えば、一緒にアイドル候補生としての活動を始めて3か月にもなっていて、機会はいくらでもあったはずなのに家にも上げた事がなかったなんて。余程警戒していたのか、引け目を感じていたのか。いずれにしろ、こんなに近くにいた仲間で友達にも気を許していなかったのかと、響はこれまでの自分に驚くやら恥ずかしくなるやらで、春香と千早に申し訳ない気持ちで一杯になった。
 「……これからは、いつでも遊びに来ていいんだぞ?」
 響がそう言うと、春香は嬉しそうにこくこくと頷いた。
 「うん!今度は美味しいお菓子作って持ってくるね!」
 屈託なく笑う春香に、響は少しだけ申し訳ない気分になった。

 そんな二人の様子を眺めながら、千早は一つ溜息を吐いた。
 「それにしても、すっかり我那覇さんの表情が変わったというか……安心したわ」
 「そうなのですか?」
 不思議そうに首を傾げる貴音に、千早は迫ってくるいぬ美から身をよじって逸らしながら応えた。
 「ええ、いつもどこかピリピリして、楽しそうにしていても裏では気を張っているみたいで。動物の、面倒を、見てる時だけは、そうでもな、あっ、ちょっと、やめて、犬は、犬は駄目っ!きゃあっ!」
 とうとういぬ美の巨体に圧し掛かられて千早が身動きとれなくなってしまったので、貴音は思いっきり力を込めて何とか引き離し、千早には分からないはずの言葉で無暗に飛び掛からないよう説得すると、いぬ美は不服そうではあったけれどもすごすごと部屋の隅に歩いていって、そこで大人しく座り込んだ。
 「大丈夫ですか?」
 「あ、ええ、何とか……ありがとう」
 千早がまじまじと貴音を見つめた。
 「それにしても、あなたが来てくれてよかった。きっと、我那覇さんの古い友人なのでしょうね」
 「……いいえ、そうではないのですが」
 「違ったの?てっきりそうだとばかり」
 千早は目を丸くして、それからその目を眩しそうに細めて笑った。
 「なら、きっと私にとっての春香のような人なのね。張りつめた我那覇さんを見ていると、少し前までの私の様で、心配だった。でも、あなたみたいな人がいてくれるのなら」
 満足そうに笑う千早を遮って、貴音が小さく呟いた。
 「響なら、もう大丈夫です。あなた達がいれば。私は、もう――」
 「え?」
 貴音の言葉が聞き取れず、千早が聞き返したその時。
 どんどん、と忙しなく玄関をノックする音がした。
 「ひ、響ちゃん!貴音ちゃん!いるかしら!?大変、大変なのよ!」
 珍しく、ひどく慌てた調子の管理人の声もする。返事をする間もなく、二人は大急ぎで玄関に走った。春香と千早もそれに続く。
 「どうしたんだ!?」
 「あ、あれ、お客さま、貴音ちゃんに」
 玄関先で立ちすくむあずさが指差した先には、夕闇の中に浮かび上がる、眩いばかりに光る馬車とも牛車ともつかない朱塗りの大きな大きな乗り物の様なものと、それを牽く二頭のずんぐりむっくりした茶色い毛並みの丸っこい生き物、そしてその前にふんぞり返って仁王立ちする少女の姿があった。少女は響よりも少し年下だろうか、アップにした栗色の髪を大きなピンクのリボンでまとめ、お揃いのピンクの和装ともドレスともつかないふわふわした可愛らしい服に身を包んでいた。何よりも目立つのは頭の上に伸びる白くて長い兎の耳。
 少女は2階の響の部屋の玄関を見上げ、出てきた貴音を見つけるときっと強気の眼差しで睨みつけた。
 「アンタ一体何やってんのよ!さっさと降りて来なさい!」
 貴音ははっとした様な顔をして、大急ぎで階段を駆け降りた。響達も転げ落ちるように慌てて貴音の後を追い、そして例の車らしきものを目の前にして、その圧倒的な大きさと、目も開けていられない程の眩しさと、きらきらと輝く金銀宝石をあしらった豪奢さに揃って息を呑んだ。
 「伊織、何故ここに」
 「何故、じゃないわよ!祭りの前の大事な時だってのに勝手にいなくなって!大体その格好は何!みっともない!」
 すみません、と頭を下げて響の短いジャージの袖口を必死で引っ張って伸ばそうとする貴音に、伊織は呆れたといった様子で両手を広げて溜息を吐いた。
 「ま、アンタがいなけりゃ私がひとりで舞を務めて、今年いっぱいの注目と幸運を独り占めって訳だったけど、そういう訳にもいかないじゃないの。大体、張り合いがなくてやってられないわ」
 目前で繰り広げられる会話に響はさっぱり付いていけずに混乱した。けれども何となくだけれど、この少女こそが貴音の本来の居場所なのではないかと、響はそう感じていた。
 「あの、貴音……」
 思わず響が貴音の背に向かって手を伸ばすと、貴音がくるりと響に振り向いた。その顔はどんなものだったのか、俯き加減で表情は見えない。
 「響」
 きっぱりと強く響の名前を呼ぶ貴音の声は、少しだけ震えていた。
 「迎えが来ました。私はもう、自分の本来あるべき場所に戻らねばなりません」
 「貴音……」
 俯いたままの貴音が口元を少しだけ歪め、ぽつりぽつりと語り始めた。
 「私も、響と同じでした。伊織と共に舞い、歌う使命を帯びながら、それを恐れて逃げ出したのです。私に何が出来るのかと。伊織の様に立派に役目を全う出来るのかと。不安で不安で仕方がありませんでした。そうして逃げ出して、あてもなく彷徨った末に、響。あなたと出会ったのです」
 まだ一日も経っていない。あの時、小さな狐に躓いた瞬間の光景をありありと響は思い出し、それでもまるでずっと遠い昔の出来事の様に感じていた。
 「先程は、大きな事を言いました。響がその優しさで何を成すか、などと、私にはとても言えた科白ではありませんでした。そう思います。それでも――」
 貴音はそこで言葉を詰まらせた。肩を震わせながら息を吐き、必死に次の言葉を続けようとして何度も詰まらせ、ようやく続きを口にした。
 「響が、私を必死に救おうとしてくれた事も、今朝振る舞ってくれたらぁめんも、とても、とても、温かかった事を伝えたかったのです」
 それだけ、誰かの為に一生懸命になれるのであれば。きっとそれは、貴音だけでなく、響と一緒にいる人達、響を応援する人達、そしてこれから響に目を止めるだろう多くの人達にも、響の温かさは伝わっていくのに違いない。それを想像するだけで、貴音はとても満たされた気分になっていた。
 「……そうは、思いませんか」
 貴音は響の後ろに立ち並ぶ面々に向かってそう問いかけた。最初にあずさが深く頷き、次いで春香が、千早もゆっくりと首を縦に振った。
 響の目頭がまたじわりと熱くなって、視界の中の三人が揺らぐ。もう一度貴音を見ようとして振り返ってもひどく歪む。
 「ですから、私も一生懸命にやってみようと思うのです。私の居場所で。響の様に。響と同じ様にはいかないでしょうが、私なりに出来る事を見つけられるように」
 貴音がしっかりと、一言一言に力を込めてそう言った。
 「――ありがとうございます、響!」
 貴音の満面の笑み。瞳の端には涙が滲んでいたけれど、それ以上に夜の闇の中でさえはっきりと分かる程に力強く、とびきり輝く最高の笑顔。それを目にした瞬間、響の抑えてきた感情も決壊した。
 「……貴音ぇ!」
 叫びながら響が貴音に飛びついた。力いっぱいしがみつくと、貴音も響をしっかりと受け止めて強く抱き返してきた。
 「また遊びにきていいんだぞ?」
 「難しいでしょうが、頑張ってみます」
 「いつか、会いに行ってもいいか?」
 「難しいでしょうから、頑張って迎えに来ます」
 「自分の事、忘れない?」
 「響こそ、私の事を覚えていてくださいね」
 響も貴音も、ぽろぽろと涙を零しながらも、別れを惜しむ様に何度も何度も繰り返して再会を誓い合った。

 「さ、いい加減にしないと置いてくわよ」
 「待ってください、伊織」
 しばらくの後に、伊織が長い耳をぴこぴこ動かしながらやれやれといった様子で声を掛けた。仕方なく貴音は名残惜しそうに時間を掛けてゆっくりと響から離れ、改めて響達に向かって深々と頭を下げた。
 「大変に世話になりました。私はこれにて失礼致しますが、次に会う時まで、どうぞ響の事をよろしくお願い致します」
 「貴音、保護者みたいな顔するなよ!」
 鼻をすすりながら文句を言う響に、貴音はジャージの中から取り出した尻尾をくゆらせて見せた。
 「また来てね、貴音ちゃん。今度はゆっくり出来る時に」
 あずさがにっこりと笑ってそう言った。やっぱりこの人は何にも動じないらしい。代わりに春香が貴音の尻尾に驚きと感嘆の声を上げる。
 「貴音ちゃん、ああ、それで!朝のキツネ!」
 「驚かせて済みませんでした」
 もう一度頭を下げる貴音に、千早はなるほどと頷いていた。
 「何だか不思議な人だと思っていたけれど、そういう事だったのね」
 最後に四人を順に見回して、また響をじっと見つめてから、貴音は背を向けて、伊織に続いて例の車に乗り込んだ。
 「響、この服は借りていきますが、構いませんね?」
 「次に会う時にちゃんと返してくれればいいぞ」
 「約束します。必ず、次の機会に」
 貴音がそう言い切ったのを合図に、二人を乗せて茶色い毛玉が引く車がふわりと浮き上がった。ガラガラと車輪が回り出す。車はゆっくりと響達の周りを回りながら、高度を増して星の瞬く夜空へ向かって浮かび上がってゆく。
 響は車を見上げて思い切り手を振った。
 「またなー!絶対、また来てよー!!」
 貴音も車から身を乗り出して、響達に向かって千切れるくらいに手を振り返す。
 「はい、必ず!そして、私はいつでも響を見ています!」
 車が空の彼方に飛び去って、星と区別がつかない位遠くになって、とうに見えなくなっても、響達はしばらく貴音の名を呼びながら手を振り続けた。
 
 ようやく手を振るのをやめて席に戻った貴音に、伊織は溜息を吐いた。
 「ったく、ビビったならそうとちゃんと言いなさいよ」
 貴音は恥ずかしそうに俯いて苦笑した。
 「伊織なら、私にそう言えますか?」
 貴音の返しに伊織は面喰って、しばらくしてからふるふると頭を横に振った。
 「ま、口が裂けても言わないわね」
 「でしょう」
 そう言ってしばらく二人で笑い合った。
 が、ふと伊織が神妙な面持ちで顎に手をやった。
 「でもね、早く見つかって良かった。あんな所に長い事居たら危なかったわよ」
 「何故です?」
 むっとして貴音が聞き返すと、伊織は眉を顰めて声のトーンを落とした。まさか聞こえるはずもないのにと思いつつ。
 「アンタ、気付かなかったの?あの管理人とやらよ」
 
 「結局、何だったんだろうなぁ。どこへ戻っていったんだろ」
 貴音の代わりにあずさを交えて四人で夕飯を済ませ、春香と千早を見送った帰り道で、夜空の彼方を見上げて響がぽそっと呟いた。
 「多分、月にでも戻っていったんじゃないかしら?ほら、昔から月にはウサギがいるって言うでしょう」
 あずさの返答に、響はうーんと首を捻った。
 「でも、貴音はキツネだぞ?それに、そもそも月の表面の模様はクレーターって言って、表面の凸凹が単にそう見えたってだけだし」
 「響ちゃん、言ってる事が滅茶苦茶よ」
 あずさにくすくすと笑われて、響はぷっと頬を膨らませた。目の当たりにした非現実と、手の届かない現実。確かに両方がごっちゃになっている。
 「ま、まぁいいさー。貴音は自分の見える場所にいる、そういう事なんだよ、きっと」
 だから、貴音が心配しなくてもいいように。春香や千早と一緒に頑張っていこう。自分なりのやり方で、自分らしいアイドルの形を作って、育てていこう。次に会う時には立派に、貴音を温かく出迎えられるように。胸の中でそう誓い、響は右手をきゅっと握り締めて力を込めた。
 「よーし、明日から頑張るぞ!春香と千早と一緒に、トップアイドルを目指すんだ!」
 「その意気よ、響ちゃん」
 「うん!」
 
 意気揚々と先を走っていく響の背を眺めながら、あずさはひとり呟いた。
 「まぁ、美味しそうな狐さんと兎さんは逃してしまったけれど……これからはパンダさんと仔猫さんがちょくちょく遊びに来てくれるのかしら?ふふっ、楽しみですねぇ」 

 笑いを漏らしながら響を追いかけるあずさの瞳が妖しく光ったとか光らないとかは、また別のお話。

 (了)

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アニマルマスター

……と、TLで呟きを見たときに軽くそんな予感は有りましたが。

なんと言うか、里(?)に降りてきた狐と言う設定が素敵。
みんなで愉しめる時間を共有できることは、気持ちの中に
「愉しむだけの余裕」も必要。
肩肘張ってばかりじゃ、肝心なものを見落としてしまうから。
そんなことを、狐の恩返しじゃないけれど優しく伝える
貴音さんが、同じような悩みを抱えていた。何ともいい
お話じゃありませんか。
幻想的だけど、現実的。リアルのボーダーをギリギリで
突いてくる世界観と、それを温かく包みこむ物語。
面白かったです。
やはりこのくらいボリュームがあると読み手的には嬉しい。
書き手的には……割としんどいけれど(汗

拝読致しました

まさか貴音さんが狐さんになれるとは!!
確かに貴音さんは狐っぽいイメージですよね。するりと捕まえられないというか。
いわゆる「恩返し」的なストーリーが核になっていると思われるのですが、
響さんの学生生活と周りのアイドル達の風景みたいなものが丁寧に描写されていて
ああいいなぁ、すごい素敵だなぁと呟きながら、
気付けば最後まで読み切ってしまいました。
個人的にものすごく心に響いたのは、「月とウサギ」のあたりの下りでしょうか。
貴音さんと伊織さんのタッグが好きな人間としては、なるほど!と唸ってしまいました。
これだけアイドルが登場しているのに、全員が魅力的に動いているのは、
しっかりとアイドル達を理解しているからだと思います。こんなSSが書いてみたいと切実に思いました。
素晴らしいSSをありがとうございました!!

これはすごい

面白い。まず、その感想しかでませんでした。
脱帽です。

読みやすさ、ストーリー構成、二次創作としてのキャラ設定の全てのレベルが高い。いわゆる、「アイマス」の力を借りなくても、単品として世に出せますね、これ。

物語の広がりと収束のタイミングもバッチリで、読んでいてこー、ストンと胸に落ちてくる心地良さがありました。

これはすごい!
素晴らしい作品をありがとうございました。

以下余談ですが、行頭のインデントは、いわゆるネットSSでは無視して問題ないとは思うんですが、あると格調があがりますね。
でもって、セリフ行はインデントいらないかもですw
プロフィール

百合根(sii)

Author:百合根(sii)
あずさ・千早・貴音P。
アイマスと嘘屋と東方と
実況で生きてます。
あずちはが俺の歌姫楽園。
あずたかが俺のムーンライト伝説。
たかちはは北の白い恋人ごっこ。

近況
◆直近
(7/19)しあわせなじかん

◆参加・お手伝い
ShinyGirls!(×格無しP)
私屍(×独眼P)

◆予定
のんびり5話
嘘m@sいろいろ

自コミュ:百合根をふかしてもぐもぐ(仮)
ついった:sii1001
ぴくしぶ:sii

リンク・アンリンクフリー。
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