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もや微熱さん頑張りすぎでしょう!?

雰囲気の表現を他のみなさまに丸投げして
私はそろそろ夜の方に表現をシフトしても大丈夫みたいだなぁーなどと
思った結果がこれだよ!!


閑話休題。
偶像町幻想百景に寄せまして、亭主と嫁と舅の話。続きからどうぞ。

『縁の色は紅』

 紅い紅い月の夜だった。

 倒れ伏し、それでも未だ四肢に力を込め、立ち上がろうとして出来ない私に、血の様に紅い月を背負って立つ目の前のひとは笑って言ったのだ。
 ――貴女には、そうまでして守りたいものがあるのね。
 私は必死で頷いた。そうでなければ、このひとに何もかも奪われてしまうのではないか。この町を守らねばならぬ、私の意味そのものがこのひとの手で踏み躙られてしまうのではないかと。
 それが、とても怖かった。怖くて恐ろしくて、例えばたった今目の前で圧倒的な力の差を見せ付けられたこの異郷のひとよりもずっとずっと恐ろしいことで。
 だが、そうはならなかった。ただ笑って、立っているだけだった。
 そして、私にその細くて白い手を差し伸べてこう言った。

 ――多分それって、しあわせなことだわ。

*

 「――で、どうしてまた貴女がいるのかしら」
 卓についた千早がぶっきらぼうにそう言った。
 「どうして、と言われましても、わたくしは貴女達の面倒を買って出ているのですから」
 朝餉の支度くらい当然の事、とひとり頷きながら、貴音が椀をよそった。炊き掛けの米の甘い蒸気に鼻孔をくすぐられ、千早もそれより後は小言を言うのを止した。どれだけ美味かはとうに知っている。少なくとも、香りだけで涎が湧いてくる位には。甘い沢庵やら程好い塩加減の白菜やらも想起されて空腹を刺激する。ああ、ただ一点において以外、この人に私が悪態を吐く理由はないのだと、食卓に付く度に千早はそう思う。
 そう、ただ一点以外。
 「お早う御座います」
 奥の襖がゆるりと開き、そのただ一点が緩慢な動作でやってくる。まだ寝起きなのか後ろで纏め上げた髪が少しばかり乱れて、胸元も少々だらしなく開いている。千早が目の遣り場に困って一瞬逸らし、嗜めようとしたその間に、
 「いけませんよ、あずさ。この様な格好で人前に出ては。わたくし達ですから良いものの」
 「まぁ、そんなつもりはなかったのだけれど」
 すぐさま貴音が寄って行き、乱れた胸元を正す。あずさが惚けて笑う間にも襟は綺麗に整えられて、彼女自身の顔立ちに相応しい出で立ちになった。
 「これで良いでしょう」
 「ありがとうございます」
 きびきびとした貴音の了承にあずさが間延びした返事を返し、二人手を取って座布団に腰を下ろす。その様がとても仲睦まじく見えて、千早は少し頬を膨らませたのを気取られない様に米を口に詰め込んだ。
 
 食事を済ませて、またのんびりと床に着くあずさを見送って、食器の類をあらかた片付けて、ようやく貴音が縁側で涼んでいると、千早が横にちょんと座った。おずおずと伸びをしながらも尻尾を丸める仕草は仔犬らしく可愛らしいのだが、その顔付きはやはり不機嫌そうで、貴音は少し困ってしまう。ここのところ、二人になるといつもこうだ。千早があずさに懐いているのもその理由も貴音は知っているのだし、その関わりのあり方が自分とは根本的に違うのも貴音は理解している。だからからかう事はあっても本気で妬く事に意味などないのだし、出来れば和やかに穏やかに過ごしたいとも思うのだが、千早にとってはそうでもないらしく。
 「先程は聞きそびれたわ」
 「応えた通りなのですが」
 庭をまっすぐ見つめたまま千早が呟き、それに貴音が応じる。
 「どうして」
 いや、と千早が頭を振った。
 「聞きたい事が沢山あるわ。どうして私達を置いてくれるのか。どうして巫女が、それも神通力を備える現人神の領域が、妖の類に肩入れするのか。どうしてあのひとに惹かれたのか」
 矢継ぎ早の千早の質問に、貴音は一瞬うろたえて。

 「――いいえ。あのひとがいなければ今の私はここにはいない。だけど、あなたにとって、あのひとはなに?」

 それだけが。
 千早にひっかかる、ただ一点。

 貴音が頑なに秘め続けてきた、ただ一つの事だ。

*

 曾祖父は厳格な人だった。
 いつも仏頂面を崩さない、神経質で気難しい人だったと記憶している。偏屈と揶揄する者も少なくなかったし、煩わしく感じるのも確かだったが、己の責務を全うする姿勢は幼心に見ていて大変気持ちの良いものだった。 ただひとつ不安があるとすれば、曾祖父には跡継ぎがいなかった。無論曾孫の私がいるのだから血縁はあるのだが、祖父や母、無論婿養子の父にも曾祖父の務めを継ぐ事が出来なかったのだ。

 私が十にもに満たない頃であったろうか。昼下がりの家に誰も居ない頃合いを見計らい、曾祖父を真似てみたことがある。
 本家の庭には立派な桜の木があった。薄桃色の花弁舞い散る中、漸く届くか届かないかの桜の枝を難儀して手折り、青眼に構える。幼い私の体躯ではさぞ滑稽なものであったろうが、いつも横から見上げる爺―曾祖父の事だが、幼い私は敬愛の念を込めてそう呼んだ―のその姿は、とても気高く美しいものであった。故に私もそれを真似てみたくて仕方がなかったのだ。
 その構えのまま一つ深呼吸し、爺の言葉を胸の内に浮かべる。

 ――意志を強く。枝は柄となり、葉は刃となり。己を助け、人を守り、禍を払い、邪を挫く。

 そして、口にする。想いは言葉を伴って現実となる。
 それが、四条の血筋に与えられた意味。課せられた意味。
 
 「――わたくしは、切ることが、できます」

 言葉は単純明快で良い。力強く、ただ一言、それが真実であり事実になると、己と周囲に示すだけで良いのだ。
 携えた桜の枝が一瞬、ぶれる。空気がざわめく。実際には有り得ない事だと否定する。させない。爺が繰り返した様に、私が口にした言葉は真実だ。だから切れる。この桜の枝は今から私の護刀なのだ。
 一つ息を吐く。祖父が常々そうする様に。そして、大きく息を吸い、目を閉じる。舞い散る桜の雨は止まない。その一つ一つ、花弁の形まで思い浮かべ、それが二つに分かれて飛ぶ様を想う。今から私が断つのだと。この手の中の護刀が曇りなく、迷いなく断ち切るのだ。
 目を閉じたまま、桜の枝を横一文字に振り抜いた。
 真っ直ぐに、舞う様に。爺がいつもそうする様に。袴と袖の衣擦れの音。後ろで束ねた髪がふわりと揺れる感覚。その後に、しばし沈黙。呼吸すらも躊躇われ、私は息を止めてその時を待った。
 そうして、すべてのものに静寂が戻った事を確かめてから、おずおずと両目を開けて、足元に視線を落とす。鋭い刃物で断ち切った様に真っ直ぐな切れ味でふたつに分かれた桜の花弁が、積もっていた。出来た。私にも出来た。私にも、爺の様に――……

 ばさりと。
 何かが落ちる音がして。
 反射的に振り返ると、爺が手に持った箒を取り落としていた。
 普段は決して表情を崩さない、まして破顔など有り得ない筈の爺が、何かの奇跡でも目にしたかの様に、喜びに打ち震えた、あるいは恐れを抱いたかの様な恍惚の表情で、こちらを凝視していた。

 私はその時初めて、何故だか爺を恐ろしいと思った。

*

 その晩、私はたったひとりで、一族郎党の前に突き出された。
 大広間の床の前に座らされた私の前に、爺を初めとして祖父、母、町の重役達、それに加えて大急ぎで集められたのだろうか、年に一度も顔を見るか見ないかの遠縁の親戚が、左右にずらりと控えて私をじっと見つめていた。
 私の目の前には恭しく祀り立てられた台の上に、昼間のあの桜の枝が供えられていた。
 これから何が起こると言うのか。私にはとても想像がつかなかったが、何か空恐ろしい事が始まる様な気がして、人々の視線が突き刺さる中ただ縮こまっているより他なかった。
 暫くして、爺がおもむろに立ち上がり私の前に立った。私を背にして両脇に居並ぶ一族を一瞥し、今日ここに集めた理由を高らかに述べる。その声は熱を帯び上擦って、大仰な身振り手振りと共に際限無く響いた。爺の語り口は時に陶酔し、また怒気を孕んだ。私はまるで叱られている様な気分で、爺の言葉は殆ど耳に入って来なかった。ただ、この時間が早く過ぎ去ればいいのにと思うばかりだった。
 ふと、その声が止んだ。はっとして私が爺を見上げると、爺はゆるりと私に向き直り、ついと目の前の桜の枝を指差した。
 「やって見せなさい。昼間の様に」
 爺の瞳は笑ってはいなかった。それどころか、何かに取りつかれた様な色をして、私を見下ろしていた。
 その目が恐ろしくて、見ていられなくなって、固まる身体を無理矢理に動かして視線を逸らして、ぞっとした。
 広間中に並んだ一同が、ずらりと皆一様に同じ姿勢で私を見ている。
 あの目だ。
 爺のそれと同じ色にぎらぎらと光る。
 ふたつ、よっつ、むっつ、……数え切れない程の数の目、目、目が。
 全てだ。
 全てこちらを向いて私を見ている。私だ。
 恐ろしくなって、私は助けを求めるつもりでもう一度爺を見上げた。
 
 爺の目も、やはり変わらぬままだった。

 「やって見せなさい。儂の跡継ぎならば」
 
 爺が迫る。
 皆が乗り出す。
 私が悪戯に起こしてみせた奇跡を期待している。

 ああ、そうだ。分かってしまった。この目は。
 私を期待しているのではなくて、
 こわい。
 起こる筈の奇跡を、
 こわい、
 それだけを期待していて、
 桜の枝に手を伸ばす。
 もしもう一度出来たら私はどうなるのか。
 震える。
 出来なければどうなるのか。
 手が震えて。
 あるいはやらなければ。
 握る手に力が入らない。
 目に囲まれて、私を、私は、

 「うわあああああああっ」

 私は、無我夢中で走り出した。
 広間を飛び出し、廊下を駆け抜け、障子を開けて、庭に出て、そのまま夜の町を滅茶苦茶に走り続けた。爺の制止の声が聞こえたような気がしたが、惑わされてはいけない。あれは私の知る爺ではない。もっと違う別の何かだ。
 とにかく逃げなければ。屋敷から離れなければ。あの目が私を見ている。見えないところまで。見通せない暗闇の中へ、走らなければ。逃げなければ。建物の影を伝い、普段なら只ならぬ気配を感じて近寄ることもない筈の草群にさえ時に分け入り、息が上がって動けなくなってもただ足だけを動かして走り続けた。
 
 町の外れの小高い丘までやっとの思いで辿り着いた時だった。私がいよいよ息を切らせて膝を折って倒れ込み、息を吸おうにも余りの息苦しさに上手く吸う事も出来ず喘いでいると、
 「まぁ」
 頭上から間延びした声が掛かった。
 はっとして声の主を見上げると、そこには見た事のないひとが立っていた。
 月の明るさによく映える、雪の様に白い肌。夜空の星々まで織り込んだかの様に燦めく長い髪が緩々と靡いて。細く柔らかな肢体を包み込む、宵闇の染み込んだ黒の着物を着崩した裾から、鮮やかな朱の地がちらりと覗く。右の袖からは雨でもないのに何故か和傘を提げていた。知識としては知っている。この町には古くから時折姿を見せる、そういうひとがいる事を。町と同じくらい古くから続く家の者の、例えば『浮舟』に遣いに行けば当代に土産のついでに聞かされる話の端々に現れるのを覚えてしまう位には。だが私自身が実際に会うのはこれが初めてだ。
 「こんな時間にこんな所で独りだなんて、いけないわ」
 その女性は穏やかな笑顔を浮かべて私に手を差し伸べた。私は一瞬躊躇ったが、瞳を見て安堵した。その両の瞳には、爺やあの場に居た人々の狂気は欠片も宿っては居なかったからだ。柔和に細められたその瞳は吸い込まれそうな程に美しい紅色をして、――背負う月の色と同じに。
 触れた手の冷たさに、私は思い切りその手を振り払った。
 「――さわらないで、ください!」
 途端にびりびりと空気が震えるのを感じる。頭の心が冷えていく。そうだ、いけない。こんな夜の深い時間に、独りで出歩く人間がいるものか。
 「何者です」
 そのひとは私が払った手を握り締めて悲しげな表情を浮かべたが、すぐにそれを打ち消してさも可笑しそうに笑ってみせた。
 「ただの、通りすがりの迷子なのですけれど」
 「うそを言うものではありません」
 「嘘だったならどれだけ良いか」
 ほうと、本当に困った素振りで溜息をひとつ。その姿は丁度私が憧れるような同じ年頃の娘達と何ら変わりはしないのに、ぴりぴりと震える肌が「このひとはここにいてはいけないものだ」と痛切に訴える。背筋がぞくりと総毛立つ。目の前のひとの背から立ち上るであろう圧力を、全身で感じる。とても、そう、とても強く、陰に傾いた匂い。間違いなく人にとっての災いを齎すものだ。私に奇跡の力があるとすれば、それはむしろひとではないものを感じ取る方に強く現れている筈だ。
 ――この町は「境目」に立っている、と、古くから暮らす者は口を揃えてそう言った。だから、悪いものが溢れる時間には人は出歩いてはいけないと、山から、裾野から、森の昏がりから、川の向こうから、恐ろしいものがやってくる、と。町の子供達はそう教えられて育つ。近頃ではそう信じない子供も増えたが、それでも夜半には戸締りは勿論、猫の子一匹出歩く事を許す親はそう居ない。
 だから、私も今この瞬間までは、自分にそのような力があるとは信じていなかったし、知る機会すらなかった。今、この人ではないひとを目の当たりにするまでは。
 「わたくしには分かります。あなたがここにいることを、許すわけにはまいりません」
 震える足に喝を入れ、必死で立ち上がり、立ちはだかる。
 「迷子ついでの偶の月見くらい、許してもらえないものなのかしら。私はこの夜の空気を吸いたいだけなのに」
 そのひとが余裕たっぷりに口元を緩めて笑う。冗談なのか。嘘なのか。あるいは、ほんとうなのか。
 余りにも毒気のない振る舞いと、酷く昏い闇の底の気配が同居する。
 ――真意が、見えない。
 私は、ふるふると頭を横に振った。
 どうしようもなく膝が笑う。震える歯がぶつかり合ってがちがちと鳴る。
 「あなたの力はこの町の人をおびやかすものだと見受けました。……それを捨て置くことは、できません」
 それが、四条の血筋に生まれた者の役目だからだ。
 あの目が私に期待する理由だ。
 今なら分かる。狂気を帯びてまで私の奇跡を見届けんとしたあの目の意味が。
 爺の鬼気迫る表情の訳が。

 目の前で薄く微笑むこのひとが、これ程までに巨きくて恐ろしいものがやってくるのだから!

 手の中の感触を確かめる。あれだけ無我夢中で走り続けても、桜の枝は手放す事なく確かにそこにあった。私の護刀。
 ゆっくりと間合いを取り、青眼に構えて、枝とその向こうのひとをきっと見据える。
 意志を強く。枝は柄となり、葉は刃となり。
 私を助け、町の人を守り、もしもそのつもりがあるのなら、目の前のひとを断つ事も厭わない。
 言葉は単純明快で良い。力強く、ただ一言、それが真実であり事実になると、私と目の前のひとに示すだけで良い。

 「――わたくしは、斬ることが、できます!」
 
 携えた桜の枝が一瞬、ぶれる。空気がざわめき、風が巻き起こる錯覚。否定は許さない。私の使命だ。誰にも、何にも、邪魔はさせない。枝の先を花弁の代わりに、淡い桜色の光が包み込んだ。
 「流石に刀(そんなもの)を向けられては、困ってしまいます」
 目の前のそのひとが、袖から扇子を取り出した。それを優雅な所作で広げ、口元に当てる。途端に目が伏せられ、表情が分からなくなる。私の奇跡を認めてなお、顔色一つ変えぬまま真っ向から挑んでくる心算なのだ。
 ゆるりと、そのひとの身体が傾ぐ。緩慢な動作でふわりと上げた腕は果たして右だったか、左だったか。鮮血の様に鮮やかな月の逆光で、最早輪郭しか分からない。
 「こんなに月が紅いのに」
 影の中に浮かぶ瞳の紅が、一際赫く輝いて。私はそれを睨めつけた。

 「――永い夜になりそうねぇ」
 
*

 千早は大きく溜息を吐いた。
 「で、それが私の質問に対する答えなの?」
 貴音はくすくすと笑ってみせた。
 「いいえ、でもこの話にはもう少しだけ続きがあるのです」
 
 結局、子供の力では到底敵う相手ではなかった筈なのだが、翌朝気が付くと何故か貴音がその妖のひとを捕えた事になっており、大人達にさんざ祀り上げられた後に爺よりこの町を守る責を受け継いだ。捕えられた妖のひとは害を成すとは思えない程粛々とした態度であったが、再び目の届かない所に放り出す事を爺が頑なに良しとせず、神社の神域に程近い四条の離れの屋敷に囲い、以後彼女に関しては貴音が責任の全てを負う事となったのである。

 「それが、あずささん?」
 「そういう事もあるでしょうし、そうでない事もあるでしょう」
 「……もう!」
 飄々と貴音にはぐらかされて、やはり千早は頬を膨らませた。長い話に付き合わされた所に持ってきてこの仕打ちだ。千早でなくとも少しばかりは腹を立てても仕方ない。尻尾が不機嫌そうに縁側の板張りの床を叩いた。
 「そうですね、では」
 貴音が庭の桜を見上げて呟いた。秋の訪れは先日見たばかりである。じきに葉を落として冬の支度を始める事になるだろう。枝の端を見ると名も知らぬ渡り鳥が泊まっていた。これも、秋の訪れと共に南へと下り、また次の春に翼を休めにやって来るのだろう。
 「互いの利が一致した、と言うのでしょうか」
 「利?」
 首を傾げる千早の耳元で、貴音が穏やかに笑いながら囁いた。

 あの方は、人の中で暮らしたいのですよ。
 そして、わたくしもまた、人の役に立たなければここには居られない身なのですから。
 
 爺はそれから程無くして息を引き取った。貴音に後を託し、憑きものが落ちたかの様に安らかな微笑みを湛えていたあの顔を忘れる事はないだろう。
 最期まで、欺いたのだ。ふたりで。爺の記憶には、跡継ぎとして立派に育った孫娘と、その証として従えた妖の者として残ったに違いない。
 それを思う度、貴音は笑いを漏らさずにはいられない。
 「爺、それは違うのですよ」
 偶に日傘を差して昼間に出歩き、他愛のない世間話に花を咲かせるあずさを見る度、貴音は顔を綻ばせずにはいられない。
 「わたくし達は、争い合う為に境目に立っているのではないのです」
 古くから彼女を知る者ならば、とうに分かっていた事だろう。
 それが爺には見えなかっただけなのだ。力を持つ故に、四条の家に生まれたが為に、盲目であったのだ。

 あの夜、差し伸べられた手を取った瞬間から。あるいはもっとずっと前から。もしかすれば、最初から。

 「取り合う為の手が届く近さで、わたくし達は立っているのです」

 今はそれを、心から守りたいのだ。そう言うと、あずさは鮮やかな紅色の瞳を細めて誰よりも幸福そうに笑っていた。

 ――多分それって、しあわせなことだわ。


(了)

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百合根(sii)

Author:百合根(sii)
あずさ・千早・貴音P。
アイマスと嘘屋と東方と
実況で生きてます。
あずちはが俺の歌姫楽園。
あずたかが俺のムーンライト伝説。
たかちはは北の白い恋人ごっこ。

近況
◆直近
(7/19)しあわせなじかん

◆参加・お手伝い
ShinyGirls!(×格無しP)
私屍(×独眼P)

◆予定
のんびり5話
嘘m@sいろいろ

自コミュ:百合根をふかしてもぐもぐ(仮)
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